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2019.11.15

東京|Audi芝浦が解説!Audiの由来を歴史に沿ってご紹介

Audi芝浦の邨田です。

 

皆さんは、自動車メーカー「Audi(アウディ)」の名前の由来についてご存知でしょうか?

「オーディオ(audio)からきている」と勘違いされているお客様が意外と多いようですが、実は違うんですよ!

 

今回はAudiの歴史に沿って、名前の由来をご紹介いたします。

Audiオーナー様はもちろんのこと、Audiに興味がある皆様もぜひご覧くださいね。

 

 

「Audi」の歴史と「5つの自動車ブランド」について

アウディの歴史

「Audi」が「ドイツの自動車メーカー」ということは、ご存知の方も多いかと思います。

 

現在の「Audi」に受け継がれるブランド気質って、実は「5つの自動車ブランド」で培われたものなんです。

5つの自動車ブランドは、1929年の世界恐慌により合併(NSUは1969年に合併)しました。

 

まずはAudiの成り立ちに欠かすことのできない「5つの自動車ブランド」についてご紹介いたします!

 

 

1、Horch-WerkeAG(ホルヒ社)

ホルヒ社の説明

はじめにご紹介するのは、ドイツを代表する高級車ブランド「ホルヒ社」について。

ホルヒ社は、1899年11月14日にドイツのコローヌ・エーレンフェルト(ザクセン州)で設立された自動車メーカーです。

 

創業者はアウグスト・ホルヒ

工場長を務めていたベンツ社から独立し、自動車製造工場を設立しました。

アウグスト・ホルヒは、アルミ合金製エンジンブロック、エアロダイナミクスを重視した「自動車エンジニアリング」の第一人者です。

 

1904年、アウグスト・ホルヒは会社を同じドイツのザクセン州「ツヴィッカウ」に移し、株式会社として再組織。

しかしその数年後の1909年に会社を離れました。

 

<ホルヒ社の特徴>

設立当時は「自動車修理工場」でしたが、完成車設計を行うようになりました。

1901年に第1号自動車「Type 4/5PS」を完成。

アルミ製エンジンの採用など先進的な設計を用いており、高品質で性能が優れていました。

 

 

2、Audi Automobil-Werke GmbH(アウディ社)

アウディ社の説明

アウグスト・ホルヒは「ホルヒ社」を退社後、自動車づくりの哲学を実現するために新たな会社を立ち上げます。

それが、1909年7月16日にツヴィッカウに設立された「アウグスト・ホルヒ・アウトモービルヴェルケ有限会社」。

しかし「ホルヒ社」から「ホルヒ」という言葉の使用を差し止められてしまいます。

アウグスト・ホルヒは、創業者である自分の名前「ホルヒ」を社名に使えなくなりました。

 

そこでドイツ語で「聴く」を意味する「horch(ホルヒェン)」を、ラテン語に変えた新しい名前「Audi(アウディ)」を採用。

社名「Audi」が誕生しました!

 

アウグスト・ホルヒにより設立された2番目の会社は、「Audi Automobil-werke GmbH(アウディ自動車工業有限会社)」として1910年4月25日付けで事業を開始しています。

 

<アウディ社の特徴>

1910年に「Type B10/28PS」でレースに出場し優勝。

世界初の前輪駆動車の開発し、自動車創世記の最先端エンジニアリングとして牽引役を果たしました。

 

 

3、DKW(デー・カー・ヴェー社)

デー・カー・ヴェー社の説明

創設者「イヨルゲン・スカフテ・ラスムッセン」が、1902年にドイツのザクセン州ケムニッツで「ラスムッセン&エルンスト有限会社」を設立。

イヨルゲン・スカフテ・ラスムッセンは、蒸気機関に精通していたことから「蒸気自動車」を試作していました。

そこからドイツ語の「蒸気自動車(Dampf Kraft Wagen)」の略である「DKW」を車名に採用。社名「DKW」が誕生しました。

 

<DKW社の特徴>

1920年自転車用小型援助エンジンを開発。「Das Kleine Wunder = 小さな奇跡」とされ、DKWの基礎となります。

自転車用小型補助エンジンにより世界最大のメーカーとなり、1928年に4輪自動車分野に乗り出しました。

 

 

4、Wanderer(ヴァンダラー社)

ヴァンダラー社

英国製自転車の販売修理会社「ヴァンダラー社」も現在の「Audi」ブランドに受け継がれています。

 

1885年にドイツのザクセン州ケムニッツに設立されたヴァンダラー社は、3輪車生産やタイプライター製造に力を入れていました。

後に、小型車のノウハウをベースにした堅実で耐久性に優れる自動車会社へと変化していきます。

 

<Wanderer社の特徴>

1911年に初の4輪自動車を発表。Puppchan = かわいこちゃんの名称が付けられました。

中型のモデルを中心に高い信頼性を収め、中級クラスのモデルを生産する役割を担っていました。

 

 

5、NSU(エヌ・エス・ウー社)

エヌ・エス・ウー社

1884年にドイツのネッカーズルム設立された「エヌ・エス・ウー社」は、地名の「Neckar S Ulm(ネッカーズルム)」からスペルを取り命名されています。

 

エヌ・エス・ウー社は、設立当初はなんと自動車メーカーではなく「編み機の生産工場」でした。

編み機の知識からオートバイ製造を開始。世界最大の2輪車メーカーとなりました。

2輪車生産台数は、HONDAに抜かれるまで1位を獲得していたんですよ!

 

1957年には小型車の「プリンツ」を発表し、自動車製造を再開しています。

 

<NSU社の特徴>

1964年に世界初のロータリーエンジン搭載車を発売。(ロータリーエンジンの技術は、後に日本のマツダに供与)

世界初の「2ローターのロータリーエンジン」を搭載し、2年連続のカーオブザイヤーを受賞しました。

 

 

1932年に4社が合併し「Auto Union(アウトウニオン)」へ

アウトウニオンの説明

1929年以後の世界恐慌の影響などを受けたことで「ホルヒ社」「アウディ社」「デー・カー・ヴェー社」「ヴァンダラー社」の4社が1932年に合併。

「Auto Union(アウトウニオン)」という自動車メーカーになりました。

 

アウトウニオンは日本語で「自動車連合」を意味し、現在のAudiの前進となっています。

アウトウニオンは、合併各社の強みや持ち味を生かした「総合的なラインナップを揃える自動車メーカー」として成長し、国内シェア23.4%を誇っていました。

 

ところが、第2次世界大戦の敗戦により解散を命じられてしまいます…。

 

1947年に本拠地をドイツのバイエルン州インゴルシュタットに移し再結成。

エンジンも、2ストロークエンジンから4ストロークエンジンへ移行します。

 

この時、技術的一新とともにイメージチェンジを図り、社名に「Audi」を使用。

1969年に「アウトウニオン」と「NSU(エヌ・エス・ウー社)」が合併し、「Audi AG」となりました。

 

 

Audiのブランドスローガンとエンブレムについて

Audiのブランドスローガンは、「Volsprung durch Technik」(技術による先進)

 

Audiは技術開発の努力を惜しまない」という理念のもと、現在においても「quattroフルタイム4WDシステム、アルミニウムを多用した軽量ボディ構造のアウディスペースフレーム(ASF)」など、先進テクノロジーを開発しています。

 

Audiブランドエンブレムの秘密

車に詳しくない方でも「◯が4つ横に並んでいるエンブレムは見たことがある!」という方は多いのではないでしょうか?

 

この横に並んだ4つのリングのことを「フォーシルバーリングス」と言います。

現在のAudiブランドエンブレムは、かつての「アウトウニオン」のエンブレムに手を加えたもので、アウトウニオン設立に参加した創立元である「4つの会社」の分かちがたい団結を表現したものです。

 

重ねられた4つのリングは左から順に「アウディ社」「DKW社」「ホルヒ社」「ヴァンダラー社」を指しています。

 

 

Audi最大級のショールーム「Audi芝浦」にぜひお越しください!

「Audi」の名前の由来は、自動車エンジニアで創業者の「アウグスト・ホルヒ」が設立した2番めの会社名に、ホルヒという自分の名前が使えなくなったことから生まれたもの。

ドイツ語の「聴く」を意味する「ホルヒェン」が、ラテン語の「アウディ」に訳されてできた名前でした。

現在のAudiブランドは、5つの自動車ブランド気質が受け継がれています。

 

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邨田 辰弥ムラタ タツヤ

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副支店長を務めます邨田辰弥(むらたたつや)です。
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